随筆

晩ご飯はいつも父が作っている。父は働いていない。ゆえに、そうなっている。かといって、掃除とか、洗濯とか、そちらの方は全くの無頓着で、母に任せっきりである。母は働いている。小さな会社の経理だかなんだか、よく知らないけれど、とにかく働いている。


父と母、つまり夫婦であるが、ぼくの目にはその関係がずいぶんと奇妙なものに映る。一緒に出かける姿なんか見たことがないし、いつもどちらかがどちらかに腹を立てている。一般的な「夫婦」のイメージからはかけ離れていて、本当に彼らは愛し合ってぼくや姉を産んだのか、とすら思う。


父はiTunesのラジオを流しながら晩ご飯を作っている。ラジオから流れるメロディーに、「あ、懐かしい」とちょっとつぶやいて鼻歌を歌ったり、味見をして「うん、天才だな」と一人合点する。いつもだいたい夕方の5時位から準備を始めて母の帰る頃、7時半位にできあがる。


父の料理は美しい。何げないようだが、彩りや栄養や油分の量や全てに於いてバランスが良い。味もそれなりに美味い。


しかし、これは毎回そうなわけではない。たまに失敗する、とかそういう事ではなく、美しい料理を作るのは、母が食べる時だけなのだ。会社の用事で晩は外で済ますことが母には割と多くあって、その日の晩ご飯は急に、なんというか、急に素っ気なくなる。いつもの鼻歌も歌わない。こういう父の態度を見ると、父と母は夫婦なのだなと、ぼくは少し安心する。